子どもは一人ひとり言語の習熟度も違えば、もちろん好みも違うので、絵本を探すにあたっては一概に「何歳の子にはこの絵本がおすすめ」とは決めづらい実情がある。Webサイトなどにある既存の絵本検索のシステムは、年齢やテーマ、誰かの感想や評価を基に人力で分類しているものがほとんどで、事前に分類されたカテゴリー以上の情報を得ることができないという制約がある。
そこで「ぴたりえ」では、「自然言語処理」「類似検索」「幼児言語発達」といった大きく3つの基礎研究技術や知見を統合することで、絵本の内容だけではなく、言語レベルや絵柄などに関しても、一人ひとりの子どもにとってぴったりと合ったものを選びだしやすくなっている。
「言語処理チームは、絵本に合わせる形でひらがな形態素解析や難易度推定技術などを考案、類似検索チームはコアとなるエンジンを絵本データに適用させるためのノウハウを発揮、そして幼児言語発達チームは幼児の語彙発達データベースを提供するとともに、実証実験における効果の科学的検証などを行っています。それぞれの分野の知識とスキルがなければ、この研究は進んでいなかったと思います」
開発のコアメンバーの一人で、子どもの言語習得に関する研究を続けてきた小林哲生はそう話し、次のように言葉を続けた。
「この研究によって、親が絵本選びに意外と困っていることを知り、サポートがしたくなりました」
実は、同じくコアメンバーの一人である藤田早苗が、子育てで絵本選びに困った実体験が「ぴたりえ」研究のきっかけとなっているのだ。
一人ひとりの子どもに
ぴったりの絵本を
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コミュニケーション科学基礎研究所
藤田 早苗
不便を変えたいという視点×
解決する多様な専門技術
絵本の読み聞かせは子どもの言語発達を促すだけではなく、情操教育にも大いに影響を与える大切なコミュニケーションの一つ。しかし、個々の子どもの好みや能力に合った絵本を見つけるのは、簡単ではない。不便を変えたいという一人の女性研究者の気づきとNTT R&Dの多様な研究者の専門技術を掛け合わせることによって絵本検索システム「ぴたりえ」が誕生した。「ぴたりえ」は従来の検索技術では探しづらかった一人ひとりの子どもにあわせた絵本を見つけ出す画期的な検索システムだ。
01.基礎研究技術を組み合わせ大きな手応え
02.さらに社会的意義の高いものへ
藤田は書き言葉をコンピュータで扱う自然言語処理に関する研究を長く続けており、同時にプライベートでは3人の子どもに絵本を読み聞かせてあげる母親でもある。
「自然言語処理の研究を行う中で幼児の語彙発達の研究と協力しながら絵本のデータベース作成を行ってきました。その研究を続けるうちに、このデータベースを隣のチームの類似検索技術と組み合わせれば、困難だと感じていた絵本選びにぴったりの検索システムを作れるのではないかと考えたのです」
画像・テキスト・音声など、さまざまな大量データを対象に類似したものを探し出す探索アルゴリズムの研究を進めていた服部正嗣は、類似検索技術が絵本探しに活かされることに関して、
「何より自分の持っている知識や経験に基づいて実フィールドで役立つものを作れるのはとてもうれしいです。これからは『ぴたりえ』の発展版をつくることはもちろん、この研究を通じて得た知見とノウハウで他分野でも役立つ検索システムに取り組んでいきたいです」と話す。
「ぴたりえ」はさらなる進化に向けて、これまで行ってきた公立図書館での実証実験や親子ワークショップなどを通じて、システムの発展のための研究が日々進められている。
「今後は、まだしゃべれないお子さんの気持ちを読み解いて、興味のありそうな絵本を推薦したり、ことばの発達に遅れのあるお子さんの支援のために絵本を推薦したりする機能追加に関する研究を行っていけたらと思います」(小林)
「ぴたりえ」を「さらに社会的に意義のある取り組みにする」(藤田)ために、研究メンバーは自身の技能を存分に活かしながら、力を束ね、未来に向かい進んでいる。
03.自身の悩みから生まれたアイデア
「ぴたりえ」は子どもの興味と発達段階に合った絵本を探す検索システムで、私を含めて5人のメンバーがそれぞれ専門とする技術を持ち寄って研究が進められています。
私には子どもが3人いて毎週のように図書館に通っていますが、兄弟とはいえ、一人ひとり興味も絵本を読む力もまったく違います。そのため、一冊ずつ中を見て確認しないと、ちょうどいい絵本を見つけるのが難しいなと感じ、困っていました。
アンケート調査も行ったのですが、インターネット上の検索で探すよりも、実際に絵本を見てみないと子どもの興味や理解度に合うかどうかがわからないと、私と同じように感じている親御さんが多数いることが分かりました。
そこで自身の経験も踏まえた上で、読みたい本が見つけられないという子どもに楽しく本を選んで読書を好きになってほしいと考え、絵本検索システムの研究に取り組むようになったのです。
実際の研究では、自分自身の子育て経験から、どのような検索ができたらうれしいかを考え、ユーザー視点からシステムを作成・改良することができていると感じています。
PROFILE
- 藤田 早苗
- 3児の母。学生時代の「研究は自分の力で進めるもの」という意識が、さまざまな分野の一流研究者が周囲にそろっているNTTで研究活動をつづける中で徐々に変化。今は、研究者仲間、他組織、他会社など、いろいろな人と協力しながら世の役に立つ研究を進められることに、大きなやりがいを感じている。
※記事本文中の研究所名や社員の所属組織などは取材時のものであり、
旧研究所名の場合がございます。