ヒトとヒトのコミュニケーション能力は、生まれながらに備わったものではなく、遺伝的な要素と環境の相互作用によって段階的に獲得されると考えられている。では、実際に子どもはどのようにしてその能力を発達させていくのだろうか。
言語習得や社会的なコミュニケーションに関する研究を行っている奥村優子は、子どもが言語を獲得する際に影響を与える環境要因について、さまざまな視点からリサーチや考察を深めている。
「主に乳幼児の言語・社会性発達プロセスを明確化し、それに影響を及ぼす環境要因の特定をめざす基礎研究を行っています。赤ちゃんを対象にして実験心理学的手法を用いてそのメカニズムを探求したり、あるいはバイリンガル環境のお子さんは環境の差異で言語発達にどのような違いが出るのだろうか、さらにはNTT大規模絵本コーパス(日英6000冊以上の絵本コーパス)を用いて、絵本に出てくる言葉の特徴や、子どもの言語発達との関連を調べています」(奥村)
一人ひとりの感性×子どものコミュニケーション能力研究
- #機械学習
- #自然言語処理
- #人間情報科学
- #コミュニケーション科学基礎研究所
人間情報研究所
渡邊 直美、奥村 優子、篠原 亜佐美
ヒトの成長の秘密を解き明かし未来社会に貢献していく
NTT研究所には多くの研究所が名を連ね、その対象領域は狭義の通信技術にとどまることなく、物理、情報工学、コミュニケーション科学、宇宙工学など、多様な研究領域に取り組んでいる。その中でもコミュニケーション科学基礎研究所では、子どもの発達に関する研究が行われている。この研究は、ヒトの言語コミュニケーション情報やその発達過程を詳しく調査し、将来の情報インフラを支える知能創造技術に応用することを目指している。全員がコミュニケーションの発達に関する研究者であり、母でもある彼女たちは、多角的な視点からヒトの成長に科学的に迫っていく。
01.子どもの言語獲得過程を解き明かす
02.感情や対人関係のあり方を可視化する
奥村と同じグループに所属する渡邊直美、篠原亜佐美もそれぞれ幼児期の成長に関する研究を進めている。渡邊は特に幼児の感情に焦点を当てている。
「3〜6歳という幼児期において、感情発達プロセスとそこに関わる要因を明らかにするため、幼児の感情を『測る』アセスメントツールの作成や、親や先生、絵本などのメディアによる感情発達への影響を調査しています。特に日本は『感情能力は何もしなくても育つでしょ』という風土があるため、感情トレーニングがあまりされてきませんでした。一方で欧米では子どもたちに感情を積極的に教えていこうという取り組みが長年なされています。これらの取り組みを参考に、日本の子どもの感情はいつどのように発達しているのか、発達をどのようにサポートできるのかなどを明らかにしていきたいなと考えています」(渡邊)
篠原は幼児や児童の対人関係のあり方について研究、分析に挑んでいる。
「私たちは大まかに言うと、子どものコミュニケーションについて研究をしていますが、その中で私が注目しているのは、子どもの対人関係認知についてです。3年間、ポスドクとして研究させてもらっている間に、子どもが描いた絵から他者との関係性を測定するような研究をしていましたが、正社員として入社した後もその延長線上で、お絵描きからの対人関係測定手法の開発に携わりながら、実験室での心理学実験と、保育園でのフィールド調査の2つのアプローチも加えて、子どもがどういった他者と関係を構築しようとするのか、どういった情報に影響されるかなどを解明しようとしています」(篠原)
03.自身の環境・感性を研究に反映する
子どもの言語習得や感情の発達に関して研究を進め、それを後の知能創造技術へとつないでいくことを考えた場合、重要となるのは情操の内面を可視化し、数値化していくための測定ツールや観測手法の確立だ。幼児の感情を測るアセスメントツールの開発に取り組む渡邊はさまざまな実証実験にも挑戦している。
「子どもの感情能力を測るテストを、研究者だけでなく保育園や幼稚園の先生など、誰でもどこでも実施しやすいようにタブレットアプリ化を進めています。また現在は、感情の学びをサポートするツールとして『こころキューブ』という感情可視化ツールをつくり、こども園で子どもたちの日々のコミュニケーションにどのように役立てられるか実証実験を進めてもらっています」(渡邊)
こうしたツールや実験手法の開発に関して、自身の子育て経験から得られる視点も大いに役立つと、奥村と篠原が言葉をつなぐ。
「24時間一緒に生活していると、ますます子どもって不思議な生き物だなと感じるというか、自分の子どもでもわからないことがたくさんあって、解明したいという気持ちがわいてきますね。こちらが教えていないことを話してきたりもするので、どういう環境で、どうインプットされて、この子の成長にどう影響しているのだろうかと。愛情と同時に、研究に対する疑問やひらめきももたらしてくれています」(奥村)
「精神論というとあれですけど、『子どもって尊いな』っていう気持ちが自分の子どもができてからなおのこと強くなりました。そういった気持ちが、社会的な少子化が進む中で『他の方の子育ての助けになって、お子さんの人生を良くする役に立ててもらいたい』という心がけにつながり、研究へのエンジンになっている部分もあります」(篠原)
04.自分らしさを活かしヒトの不思議に迫る
部署全体が子育てに対して非常に理解を示しており、さらに専門的な知識を持ったメンバーが揃っている環境において、研究者としての刺激を得ることができると、メンバーは異口同音に話す。
「研究を通じて得た知見を、ペアレントトレーニングや乳児の学習環境考案などの育児や教育支援につなげていきたい」と話す奥村、「子どもたちがしっかり『心を伝える』ことができるようになるために、幼児期からの感情の学びをさまざまなツールでサポートしていきたい」と話す渡邊、そして「子どもの対人関係構築メカニズムを明らかにすることで、対人関係から生じるさまざまな問題の発生防止を実現し、子どものウェルビーイングをサポートしたい」と話す篠原。
研究者であり、母であり、何よりそれぞれがこれまで獲得してきた個性を活かしうる存在であることを大切にしながら、コミュニケーション科学基礎研究所のみならず他研究所との交流からも刺激を受け、NTT研究所という舞台でヒトの不思議に迫り、それを可視化する挑戦を彼女たちは続けている。
PROFILE
- 渡邊 直美
- 2019年入社。大学・大学院時代をアメリカで過ごし、いわばマイノリティーとしての環境を実感してきたので、文化が交わり新たな価値観が生まれていくことにも強い関心を抱く。今後、文化のクロスがより強まっていく時代で、子ども達がどのように自分を捉えて表現していくか、その様子を見ていくことも楽しみだと話す。
- 奥村 優子
- 2018年入社。大学院時代から、子どもの社会性やコミュニケーションに関する発達心理学の研究に取り組む。NTTには比較的自分の好きな研究を集中して行える環境があり、同時にさまざまな研究領域の人が集まり刺激を受けられるので、自身の専門を広げ、伸ばすことで、成長につなげられる職場だと感じているという。
- 篠原 亜佐美
- 2022年入社。3年間のポスドク期間を経て、2022年から正社員として研究に従事。ポスドク期間中に子どもを授かり不安もあったが、会社からは「二つ返事で」産休も育休も取っていいと認められた上、「ぜひ戻っておいで」と声をかけられすごくありがたかったと振り返る。今後も「自分がワクワクできる研究」を大切にしていきたいとのこと。
※記事本文中の研究所名や社員の所属組織などは取材時のものであり、
旧研究所名の場合がございます。